2010年12月28日火曜日

有毒女子通信「神様とわたし」vol.3

有毒女子通信「神様とわたし」vol.3というvoice galleryから出ている雑誌に、京都大学大学院教授をなさっている吉岡洋先生が、私の昔の作品「GOD AND FATHER AND ME」について文章を書いて下さいました!!

雑誌ができあがるのが楽しみです。
編集の皆様本当にありがとうございました。
突然参加させていただき大変嬉しく思っています!!!


年末ですねぇ。。。
うきうきします




2010年12月13日月曜日

カイエ・デュ・シネマ・ジャポン・映画の21世紀を注文。。

到着するのが楽しみ。

ちなみにこれも面白い。
http://www.yidff.jp/docbox/12/box12-1.html


「ニックスムービー 水上の稲妻」を見る
ヴェンダースがニコラスレイが死ぬまでの記録をフィクションを交えながら描き出した映画。
ラスト演技をしているニコラスレイが、自分で映画を終わらせるためにカットというシーンにはすごみがある。
本当に死ぬ人の演技だ。

北野武のHANA-BIを見直す。
もうちょっとちゃんと見ればよかった。
最後のカットがいるのかいらないのか疑問が残る。
海で終わってもよかったような気がする。
どうなんでしょう。。
でもあそこで終わらないのが武的な感じなのでしょうか?
最初のその男凶暴につきでは、ここまでやらなくていいでしょと思うくらいラストを描いていっているような気がする。やり過ぎな感じがある。あと、凶暴では最初の方の犯人を追っかけるシーンの長さもかなり長い。長過ぎる。

武の映画のいいところは、血をちゃんと吹くところと、ためずに早く人が死ぬところだよなぁ。




エビゾウの目がウサギの目に見えてくる。
そして中学のとき、友達がケンカで目をトウキックされて赤くなったのを思いだした。
そのときも彼を、うさぎとよんでいたような気がする。












2010年12月4日土曜日

チチカット・フォーリーズ


それでさっきチチカット・フォーリーズを見る。
ワイズマンの一番最初の作品。とても貴重なものを見ました。
確かに神視点。
演技もないし、すごく自然だし。

2010年12月3日金曜日

蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)


西瓜を見る。

変な映画だった。
愛知トリエンナーレに出品されていた作品と同じ匂いがした。
物質と人間との関係が繊細に描かれていて、ラストのsexシーンの想像もつかない終わり方の、あの涙のながせ方は秀逸だった。
Av男優が主人公で、途中中国の伝統演劇?らしきものが何度も挿入されている。
会話はほとんどなく、出来事の面白さだけで見せていくのは、巨匠だなぁと思った。


2010年11月24日水曜日

昨日瀬戸に行ってきました。
お友達の器を見に。
その後、展示を松島さんの展示を見てきました。
いい休日でした。























2010年11月23日火曜日

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ「ある子供」

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌを友達に進められてやっと見ることができました。
本当にやばすぎる。。何てすごい映画なんだろう。そして何てすごい芸術なんだろう。。
本当にすごい。。あまりにもファインアートすぎる。
これこそ正にリアリティーなんじゃないだろうか。最後の終わり方もすごい。
ワンカットワンカットの演出のアイデアから、絶望的すぎるこのストーリーのチョイスがはんぱない。抽象的なものいいばかりしてしまう。
先ほど見終わり、ぐさっと心の中に入り込んでくるこの感じ。気のせいだろうか、途中で顔を横にして、横目で見てしまった。ストーリーがつらいからなのか、それともうますぎて見るのつらかったのかわからないが、何故かそうなってしまった。何故かいろいろ納得してしまった自分に気付く。

そして昨日は平野勝之監督の伝説映画自転車紀行3部作の第1部「由美香」を見る。これも独特の編集の仕方で、Avではないんだと思うけど、やっぱりぜんぜんえろい気持ちにはならず、人間てすごいなぁと思ってみてました。うんことラーメンを一緒に食べる。別にスカトロ的なことではないけれど。
何回か爆笑してしまった。
二人は、キャンプ場で今日の寝床のためにテントをはる。夜になり、その中で由美香と平野監督はSEXをしようとしていた。カメラはテントの中から撮っていて、抱き合った二人と、薄いシート越しに見えるオレンジ色の光だけが映し出されている。一歩外に出ると、人がいるらしい。声が聞こえる。隣のテントで、家族ずれがバーベキューをしている声だ。そこでは、お父さんが子供のために肉を焼いていたのだ。そして、親父は子供に、ホルモンを食わそうと、何度もけしかける。無理矢理子供にホルモンを食わそうと何度も試みる親父。そして、隣のテントでは、これから愛撫を始めようと、平野監督が、由美香の首筋にキスをしていた・・・・

それとはまた別で、「ベトナムから遠く離れて」(1967年制作)もやばかった。
今週やばいの見過ぎです。前田先生が貸してくれたものです。
これ2時間の映画ですが、監督がすごい。アランレネ、ウィリアムクライン、ヨリス・イヴァン
、アニエスヴァルダ、クロードルルーシュ、ジャンリュック・ゴダール、が20分前後づつぐらいで撮った映画をつなぎ合わせたもの。
中身は、ベトナム戦争を中心として、このころの革命家が出てきたり、ベトナムやフランスやアメリカやいろんな国が出てきているような。
実際の人物、マルコムXのインタビューとか、チェゲバラとか、。
何か似てるなぁと思ってみていたら、実際の人物でした。びっくり。
さらに、別な監督が作ったものをシーンをわらずにいきなり編集でつないでいて、さらにエフェクティブな映像まで出てきて、もうもうわけがわからないことになっていく。
すごかった。

そしてこれから「紀子の食卓」を見ます。気になってたんで、やっと見ます。どうかなぁ。。
何か、こう・・・まぁとりあえず、見ます。





2010年11月17日水曜日

。。

最近ちょっとづつちょっとづつ寒くなってきました。
講義も終了して、本当によかった。。
とりあえず、失敗せずに終了したような気がします。
3年生の皆さん伝わっただろうか??
何でもいいから伝わっているといいなぁと思います。
いろいろと考えることがあったりして、自己確認になったりしたのでよかったです。

自分にとってのリアルとは何なのか?自分自身でも考えていかなければいけない問題です。

今日ある人に言われました。。
内容だけを伝えることに終止しては、これから残る作家にはなれないかもね。
というようなことでした。確かにそういう部分はあるかもしれません。

自分のゴールはどこにあるのか?
それはわからないし、ないほうがいいのだろうと思うけれど、毎回ゴールを探していることは確かだと思います。何かいきずまっているときは辛いけれど、新しいものが見えたり、新しいことができるのはそのときだったりするんだろうと思います。

とりあえず、次が見えている今はそれをやるしか方法はないって感じです。
これからも頑張っていこうと思います。












2010年11月7日日曜日

ムサビで講義

ムサビで講義をします。日にちは11月11日多分14;40分〜だったような気がする。
楽しみだけど怖すぎる。。

彫刻学科の3年生の表現演習という授業で、毎回いろんな人が来て講義をしています。
僕も3年生のとき受けた記憶があります。岡崎乾二郎さんとか、僕が結構覚えているのは、タムラサトルさんの授業でした。。。
自分の今までやってきたことを言えばいいんだろうが、プレゼンみたいな感じになりそうなんだけど、いいのだろうか??
かなりスライドの作り方を迷っています。。

結局映画と美術の話をすることになるんだろうけど。。
今回はとっておきのビデオを用意しました。
見てるようで見てないような気がする。みんな。。

とりあえず、5,6こ歳が違うような気がするが、大体は話していることがわかるのではないだろうかと思ったり。。そう思いたい。。

むちゃくちゃディスラレルかも・・・



2010年10月30日土曜日

蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)

愛知トリエンナーレで出品していた作家蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)。。
相当気になってきてしまった。ベッドにインスタではなく、芸文のほうの作品。。
よかったなぁ。。多分かなり良かったのかも。。


阪本順治

阪本順治ってやっぱすごい。
4日前に「どついたるねん」を見たのですが、王道的なものをちゃんとやる。しっかりやる。
そこに感銘をうけました。何本か見てそんなことを思いました。

全然関係ないけど、寺島しのぶをきらいな人ってどのくらいいるのだろうか?
昨日幼なじみから電話があって、寺島進の話になったら、「しのぶ」の話になり、嫌いだから「しのぶ」が出ている映画は見ないということでした。僕は、全然嫌いではありません。むしろいい俳優だなぁと思っているぐらいですが。

アートフェア 「ウルトラ」さん

アートフェアかぁ。。
どうなるんだろう。。


「ウルトラ」さんに参加します。
http://www.spiral.co.jp/e_schedule/2010/10/ultra003.html
日程は 明後日1日〜3日まで スパイラルです。


とりあえず、結婚おめでとうございます、社長様。
結婚式が楽しみであります。





にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活

論文のために歴史を勉強してみる。で、こんな面白そうなブログを発見。。「さようならCP」も気になるな。
今村昌平監督の傑作ドキュメンタリー『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』
 5月17日(木)
■京橋のフィルムセンターで今村昌平監督のドキュメンタリー『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』を見た。1971年の作品で、日本映画新社制作のテレビ向けドキュメンタリーである。大変面白い内容で、ひきずりこまされた。戦後日本のドキュメンタリーの傑作だと改めて思った。

■今村昌平監督の作品はほとんど見ているのだが、この作などテレビドキュメンタリーについては見逃していた。内容についてはこの作に深く関わったスタッフからいろいろと「裏話」を聞いていた。今回、フィルムセンターのホールで見て感嘆し「これはすごい」と思った。
 今村昌平・黒木和雄監督追悼特集のニュースレターに、今村監督の本質はドキュメンタリストであると書いたが、その通りだと再確認した。

■マダムおんぼろは、横須賀のアメリカ兵がお客でくる「おんぼろ」という名のバーのマダムであった。敗戦時、彼女は15歳。アメリカから久しぶりに日本に一時帰国した彼女に、戦後史のエポックメーキングのニュース映像を見せて、その印象などを直接、今村監督が聞くという形を基本にしている。今村監督の接し方、話しの引き出し方がうまいのだろう、「ここまで語るか」と思われるほど、彼女は率直に自分の性体験を中心に語る。いろいろな男との性体験が彼女の「戦後」であり、彼女の「今」を形作っていた。

■この作品の背景には被差別問題があり、彼女がある時期から創価学会に傾斜していくなど、大変微妙な問題がからんでいる。そのため、相当程度カットされているのかと思ったが、冒頭から赤裸々な屠殺場のシーンが出てきた。当時の一般的なやり方に従い、引き出された牛の前頭部に「市営処理場」の人間がハンマーをたたきこむ。牛は一発で倒れ、すぐさま解体されどす黒い血が流れる。その解体された牛の生々しい肉片に、ベトナム戦争で殺されたベトナム人の子供や女たちの無惨な映像がフラッシュではいる。モノクロ画面である。何を暗示しているか明瞭で、そこに「マダムおんぼろ」のあっけらかんとした語りがかぶるのである。見る人は一挙に作品にひきずりこまれる。

■牛肉処理の闇商売なども語られる。彼女が警察の「手入れ」を予防するため、警察官と男女関係になるところなど、ひどくリアリティがあって、しかも笑わせてくれる。一家はパチンコ屋を営んだりして、差別はされてはいたものの経済的には裕福になった。裕福が幸せにはつながらず、関係した相手の相手の警官は警察をやめ彼女に「寄生」するようになる。彼の暴力も大変なものだ。

■面白いのは、「彼」および、腹いせに彼女が「浮気」をした相手の「早稲田大学の学生」が、オッサンとなって画面に登場し、当時のことを語ることである。その後、横須賀で深い関係になるバーテンをふくめ、やや気の弱そうな男たちである。共通するのは、いずれも相当ハンサムであったと思われることだ。彼らはよく「出演」をOKしたものである。

■その後、彼女は横須賀に出て、米兵相手のバーを開き、一方、父親の違う3人の娘を産む。彼女のたくましい生き方や、ニュースに対する彼女の感想は、ときに観客の笑いを誘う。彼女のもらす「比喩」が巧みなのである。この女性は相当頭の良い人ではないかと思った。美智子妃のご成婚記念のパレードについて、彼女の発する言葉も秀逸だ。そのほか、自分の目で見て手で触れたものしか信じないという彼女の「人生哲学」が随所で語られる。

■このドキュメンタリー撮影のために、彼女は年若い夫の水兵と一緒に日本にやってきたようだ。冒頭、屠殺シーンの前に彼女の母親が登場し、「ギャラの交渉」のシーンがある。この母親も、大変「したたかな」人のようで、女優の清川虹子のような雰囲気を漂わす。さらにマダムの産んだ長女が出てきて、エピソードを語る。祖母・母・娘3代の「戦後史」が浮き上がるのである。
 たくましく、かつ滑稽な印象の「野生動物」のような生き方といっていいだろう。彼女たちに戦後の日米関係が色濃く影を落としている。今村監督は、ニュースフィルムと彼女達の話を絶妙な編集で交錯させて「戦後にっぽん」を巧みに切り取った。

■ぼくは戦後日本を描いたドキュメンタリーで、これほど面白いものを見たことがなかった。いろいろな制作の枠がはめられ、今村監督やスタッフは制作当時、必ずしも満足すべきものではないと思っていたようだが、時間をへて見ると、鮮やかに「戦後にっぽん」を描いている。妙な正義感やイデオロギーなどを一切はさまず、人間の生きる「現実」を「現実」として淡々とつないでいく。それが逆に強い効果をあげているのだろう。 創価学会の池田大作名誉会長の「若かりし日」の姿がちらっと出てきたり、現在の安倍首相の祖父の岸信介元首相もニュースフィルムに登場したりする。現下の政治情勢を考慮して見ると、なにやら暗示的だ。

■大変、貴重なドキュメンタリーであり、もっと多くの人に見てもらいたいものだが、現在のテレビで放送することはむずかしいかもしれいない。ホールは4割程度の入りで、年配の映画関係者と見られる人が多かった。若い女性の姿も目立った。おそらく日本映画学校の生徒なのだろう。彼女たちの目に、「マダムおんぼろ」の人生はどう映ったか。聞いてみたいものである。

■現在、今村昌平監督の作品はDVDでほぼ全作出ている。ただ、ビデオレンタル店などにはこの作品は置いていないかと思う。
 戦後ドキュメンタリーの傑作であり、面白さでは映画作品より、むしろこちらのほうが……と思ったくらいであった。いずれにしても、今村昌平監督は「いい仕事」を残してくれた。今後、20年、30年たったあと、あらためてこの作品は高く評価されるだろう。
 6月早々、もうひとつの今村監督のドキュメンタリーの傑作『人間蒸発』を、フィルムセンターに見に行くつもりである。

2010年10月9日土曜日

メキシコいいなぁ 初個展

友達がメキシコに行っていて、すごくうらやまし。。

行きたい行きたいと僕も思います。

ですが、14日〜初個展です。

グループ展は今まで参加してきましたが、個展をやるのは初めてです。
でも別に自分の中ではあまり変わらない。。

ただ、自分のだけしか作品がないというのは、意外といいことかも。。
でもグループ展ていろんな作品があって、見る人にとっては、いろんなものが見れていいような気もします。。

2年以上これだ!!というのを作ってなかったような気がする。しかし、今回はじっくり練って作った部分があって、それは自分にとってすごくいいことだったような気がする。

今まで作品作るのがすごく辛かったけど、少し自由になれたきがしています。
けど、多分またつらい時期がくる予感が・・・。

多分次の次ぐらいで、また嫌な波がくるんだろうなぁ。。


ちょっと本とかまじめに読んでおかないといけないと感じています。


<展示詳細>

 "安楽島” 〜ヒロシさん〜

場所 : 武蔵野美術大学GFAL展示室
(彫刻学科研究室主催)

会期:2010.10.14(木)ー 11.11(木)
    11:00 ー 17:00 日・祝休

※10.31(日)は開廊
※11.4(木)-11.6(土)は休廊
※初日(14日)17:00よりアーティスト・トーク


オープニングに人が来るかとか、けっこう不安。。グループ展は、それを考える量がだいぶ減っている気がするけど。。








2010年9月4日土曜日

ありがとうございました!!

楽しかったなぁ。。

本当に感謝感謝です。





























2010年8月11日水曜日

「仮ぐらしのアリエッティ」
「ワンダフルライフ」
「インセプション」
~a la verticale de l'ete~」(ベトナム映画)
ファスビンダーの何か
「ドキュメンタリーは嘘をつく」
「ワールドオブライズ」
「宇宙戦争」
「セキ☆ララ」
「デコトラギャル奈美」
「モダンライフ」
「GATEWAy」(トリウッド)

最近何を見たかを思いだせない。
こんな感じかなぁ。

城定秀夫監督が最近気になる。

お盆ですねぇ。。


これから撮影です。
忙しくなるぞ。。
頑張っていこう。

あ、そういえば「埼玉のラッパー」の脚本を読む。
「アウトレイジ」を見に行こう。。



愛知トリエンナーレも見に行こうかな。
気になる人がいるし。。



















2010年6月15日火曜日

ここ半年で見たものを何となくまとめる

1922
極北の怪異
1925
戦艦ポチョムキン
1929
マイケルナイマン カメラを持った男(ジガ・ヴェルトフ1929年制作)
1959
アランレネの24時間の情事
勝手にしあがれ」を見直し、
1960
ジャックベッケル 穴
1961年
ジャンルーシュ   人間ピラミッド
アランレネ    去年マリエンバードで
1963年
地下室のメロディー(アンリ・ベルヌイユ  アランドロン)
1964年
ピエロ・パオロ・パゾリーニの「愛の集会」
1967年
鈴木 清順    殺しの烙印
1966年
アルジェの戦い(ジロ・ポンテコルヴォ)
1967年
今村昌平監督の人間蒸発と
1968年
カサヴェテス    フェイシズ
1971
アレハンドロ・ホドロフスキーのエル・トポを見る。
1972年
惑星ソラリス
1973年
ミーンストリートを見る。(マーティンスコセッシ)
仁義なき戦い (出演: 菅原文太 監督: 深作欣二)
1974
『極私的エロス 恋歌1974』
(1974/98分 監督:原一男)
God Speed You! Black Emperor
(暴走族の映画。1974年の新宿のブラックエンペラーの軌跡。白黒)
1976年
タクシードライバー
1979
ヴェンダースのRadion on
マッドマックス(ジョージミラー)



1984年
キリングフィールド(カンボジアの報道映画)
1985
タンポポ
1989
ジャームッシュのミステリートレイン

1990
フィリピンふんどし 日本の夏(キドラットタヒミック)

1992
『家族ケチャップ』
(1992/37分 監督:工藤義洋)
ドキュメンタリーの傑作「阿賀に生きる」を見る。
河瀬直美 につつまれて
音のない世界で  ニコラ・フィリベール
1995
「デッドマン」
渚のシンドバッド

1997
「俺は園シオンだ」「桂子ですけど」
1998年
神様の愛い奴( 根本敬監督)
A
アメリカンヒストリーX
1999
GHOST DOG


2000
『My beautiful EGO』
(2000/40分 監督:清水佐絵)
アモーレス・ペロス(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)
2002
A2(森達也)
2003年
チルソクの夏(佐々部 清)
ばかのハコ船

2004年
さよならcolor
いまおかしんじ   たまもの
2046(監督: ウォン・カーウァイ)
ビルマ・パゴダの影で アイリーヌ・マーティー
ビタースイート 女池充監督

2005年
君とボクの虹色の世界 (ミランダジュライ)
『チーズとうじ虫』
(2005/98分 監督:加藤治代)
ヴァンダの部屋
リンダリンダリンダ
スクラップ・ヘブン
ゲルマニウムの夜
大いなる幻影監督/脚本
黒沢清
製作 堀越謙三・松田広子
撮影/照明 柴主高秀
編集 大永昌弘
音楽 相馬大
2006年
エリ・エリ・レマ・サバクタニ
ブリッジ(監督: エリック・スティール)
リトルミスサンシャイン ジョナサン・デイトン, ヴァレリー・ファリス


2007年
サッド ヴァケイション
童貞をプロデュース
赤い文化住宅の初子(タナダユキ)
ミスターロンリー
2008年
ノン子36歳
アキレスと亀     北野武
『ニコトコ島』
(/47分 監督:大力拓哉 三浦崇志)
未来を写した子供たち
闇の子供達(阪本順治)
トウキョウソナタ
2009年
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
アンニョン由美香
ホノカアボーイ(真田 敦)

2010年
『音の城♪音の海 − SOUND to MUSIC −』
「LINE 」と 「アヒルの子」
ライブテープ
アリスインワンダーランド
河の底からこんにちわ


という感じで入れてないものもあるけれど、総計算で78本。


昔、みんな一度はやる1日1本というのを試みたことはあったけど、やはり、一日1本は無理だなぁ。
365÷2で=182.5
182.5 ÷78=2.339・・・ということで約2日に1本計算になる。

だから一体なんなんだ










2010年6月11日金曜日

今津景さんの展示行きたい。山本現代。。
久々に展示情報を見た。。

カサヴェテス    フェイシズ
ジャンルーシュ   人間ピラミッド
鈴木 清順    殺しの烙印
アランレネ    去年マリエンバードで(寝てしまう)
いまおかしんじ   たまもの

を見る。
そういえば、サイレント映画  静かな海  &  アメリカンヒストリーXを見る。


8月に上映会が決定。。
ドキュメンタリー&劇映画 ガチンコに参入。。

どうなることやら。。


頑張っていこう。。


でもフェイシズは本当によかったなぁ。。
あんど今津さんの絵欲しい。。


2010年6月8日火曜日

ザ不良
新ヤンママトラッカーけじめつけます
未来を写した子供たち
キリングフィールド
さよならcolor

を見る


優しさって何だろう??
難しいなぁ。。



2010年5月31日月曜日

9本の映画を見る。


アップリンクで

『音の城♪音の海 − SOUND to MUSIC −』



ポレポレ東中野で
「LINE 」と 「アヒルの子」を見る

オールナイト5本

『ニコトコ島』

(2008/47分 監督:大力拓哉 三浦崇志)
イメージフォーラム・フェスティバル2009大賞作品。広大な無人島をあてもなく彷徨う3人の若者。脱力したトリオ漫才の様相で繰り広げる禅問答の応酬と、圧倒的な画面構成のギャップから来るめまいは、かつてない映画体験になるはず。大力、三浦両監督は『LINE』小谷忠典監督の旧友でもある。

『My beautiful EGO』
(2000/40分 監督:清水佐絵)
『アヒルの子』同様、監督自らが自身をさらけ出していくが、露悪的ではない軽さにむしろすがすがしさを覚える快作。
PFF2000審査員特別賞受賞作品。監督は「はてなtaxi」ボーカル、「堀川中立売」(監督:柴田剛)で一人二役の主要キャストとして活躍中の清水佐絵。

『チーズとうじ虫』
(2005/98分 監督:加藤治代)
ガンに冒された母との何気ない日常を詩的なトーンで紡がれつつ、ラストでは生命の輪廻にまで飛翔してしまう驚愕のドキュメンタリー。「家族」を題材にしながら豊穣な世界を描き出し、山形国際ドキュメンタリー映画祭を始め各国の映画祭で絶賛された。

『家族ケチャップ』
(1992/37分 監督:工藤義洋)
家族をむき出しにしていく壮絶な様を描く、一部で伝説化しているハードコア・ドキュメンタリー。現実と虚構が混在していく過程で、ただ血が繋がっているというだけの「家族」という共同体そのものを描ききる。そのせめぎあいが頂点に達するラストは必見。PFF1992審査員特別賞受賞作品。

『極私的エロス 恋歌1974』
(1974/98分 監督:原一男)
いわずと知れた『アヒルの子』制作総指揮・原一男監督渾身の第2作。「個」に徹底的に肉薄する訴求力を持ち、今なお観る者に衝撃を与える本作は『アヒルの子』小野さやか監督がドキュメンタリー制作を志した原点でもある。





家に帰って
God Speed You! Black Emperor
(暴走族の映画。1974年の新宿のブラックエンペラーの軌跡。白黒)
を見る。

暴走族の母親がなんみょんほーれんげーきょーを言いながら、隣で息子(暴走族)が横浜銀蝿のレコードを聞いているシーンが残っている。。


「チーズとウジ虫」は久々に号泣。。

家族ケチャップは、白黒であるせいか、すごみがあった。。
監督本人が母親におしっこをかけるシーンから始まる。
そして、素っ裸で東京の町の中で踊るカット。
もう何が何だかわからん。。
最後には、リングが登場して、母親と父親と監督がその上で立っている。
そして、鎌倉の大仏の上に素っ裸でのぼるカットで終わり。
だいぶ内容をはぶいたけれど。


なんなんだぁ〜。。


そして原一男の
「極私的エロス」
昔見たときは、寝てしまってちゃんと見れてよかった。。
最後、自分の元妻が黒人の子供を生むシーン(第一子は隣でずっと生まれる部分あそこを見ている)と
元妻の友達と監督との間にできた子供を出産するシーンが2つ撮られていた。

最後の1カットは、元妻がアフロでストリップか何かで激しく踊るカットで終わる。


もう何が何だか、、
オールナイトを見たあと、飲みにいった。はきそうになりながら、バスに乗り込んだ。。


おもしろいは面白いけど、いいものってなんだろうと考える・・・・










2010年5月27日木曜日

エリ・エリ・レマ・サバクタニ
青山真治監督の作品
バスジャックの事故が10年前に起こり家族が崩壊した、という文章から始まる。
浅野忠信は、中国の人身売買の輸送船で働いているシーン。ここの口琴の音が流れてくるのは不思議で面白い。
輸送船に乗っていた子供をかわいそうに思ったのか、その子供を保護する。
子供を保護するために、人身売買の仕事をやめタクシー運転手として働き始める。
そこでちょうど乗ってきたホステスと出会い、いい仲になる。
車でお客を送ったとき、10年前に浅野忠信を捨てた母親に出会う。
場面が変わる問題があって行くところがない人々を雇っている会社のシーン。
そこの社長と母親は夫婦の関係にある。
そこに浅野忠信が現れる。
みたいな感じで始まる。。
最後が母性愛みたいな感じで終わるのがちょっと気になった。。
やっぱりユリイカはいい。。

大いなる幻影をみる。
2回目。

1回目をちゃんと見れなくて、ちゃんと見てみようかと思って借りました。。
確かに幻影だった。
武田信治や唯野未歩子が消えたりするシーンが多数ある。。
けっこうよかった。。




大いなる幻影って昔の映画であったよなぁ。。
ずっと気になってたんだけど、この映画と関係あるんだよね、多分。。
ないのかな??


解説を読んだ。

「大いなる幻影」では、2005年を生きるハルとミチというふたりの主人公の日常が、淡々と綴られていく。そこには一見するとさしたる変化がないようにも見える。 しかしながら、その寡黙なドラマのなかでは、彼らそれぞれの個人としての在り方、世界との関係が独自の視点で掘り下げられ、確実に変化しているものがある。

 たとえば、この映画から浮かび上がってくるカウンターのイメージは、その変化の目安になることだろう。 この映画にハルが最初に登場するとき、彼は、行きつけのカフェのカウンターに背を向けて立っている。一方、ミチが最初に登場するとき、 彼女は職場である郵便局のカウンターのなかで、シートで目隠しされた窓口に向かっている。それはもちろん、どちらも特別な光景ではない。 ハルはただ時間をつぶしているだけだし、ミチはいつものように仕事をしているにすぎない。しかし、ドラマが進んでいくに従って、 カウンターというものとそれに対する彼らの位置は特別な意味を持つようになり、終盤の展開を非常に印象深いものにするのだ。

 ハルとミチは同じ世界に存在しているが、そのなかで彼らに見えているもの、彼らが感じていることには大きな隔たりがある。 この映画ではそうした彼らの主観がごく自然なかたちでドラマに盛り込まれている。

 ミチは小包をくすねて、その中身をコレクションし、自分の世界を異国のもので埋め尽くそうとしている。 彼女にとって、目隠しで仕切られた郵便局のカウンターの向こう側はすでに異国と化している。さらに、 彼女が出会うアパートの隣人や近所で頻繁に騒ぎを起こすカップルがみな外国人であるように、彼女は常に異国を見ている。 しかし、その外国人たちに対する彼女のあまりにも遠慮がちな態度が示すように、そこにはある種の距離がある。 その距離は、彼女とカウンターの向こうの異国との隔たりに通じている。


◆スタッフ◆

監督/脚本
黒沢清
製作堀越謙三・松田広子
撮影/照明柴主高秀
編集大永昌弘
音楽相馬大

◆キャスト◆

ハル
武田真治
ミチ唯野未歩子
佐竹安井豊
村井松本正道
健二稲見一茂
秋子億田明子



 そんな彼女は、自分の在り方というものにおぼろげな疑問を感じるようになる。彼女が、外国人女性の部屋でユーラシア大陸の地図を見るとき、そこには日本は存在していない。 それはおそらくは、地図に日本が描かれていないのではなく、彼女にとって日本が存在しないのだ。そのことによって彼女は次第に追いつめられていく。 日本が存在しなければ、外部としての異国も無く、外部によって支えられてきた自分の存在すらも危うくなる。もちろん彼女はここではないどこかに向かうこともできない。 それはいま自分がいる場所があって初めて成立することだからだ。彼女は実際に旅立とうとしても、空港のカウンターで受け付けてはもらえない。 そこで自分がいる場所を見つけだすことを余儀なくされる。

 一方ハルは、ミチとは対照的に、日常のなかで個人であることをもてあまし、それが重荷になっているように見える。 三人組の窃盗犯が金庫をこじ開けているのを目撃したとき、彼はわざわざ彼らとすれ違うタイミングをずらし、素知らぬふりをする。ところが彼らは追いかけてきて、「消えろ」という。 そんなときハルは、そうした煩わしさから逃れられるのであれば、本当に消えて、背景に溶け込んでしまうのも悪くないのではないかと密かに思う。

 彼には、カフェバーのなかで、見知らぬカップルが険悪なムードになったり、彼の連れの佐竹や健二が絵葉書を売る外国人を追い払おうとすることまでが、 自分に跳ね返り、消えることへと駆り立てられる。そんな彼の気持ちは、ミチとの関係のなかにも現れている。それはたとえば、 ふたりが公園でボールや風船を使って遊んでいる場面だ。ミチは、外国人女性からもらったアオザイを身につけ、どことなく浮き立っているように見えるが、 ハルは、自分が蹴ったり弾いたりするボールの感触に、いやでも自分の存在を感じ、そのことに苛立ちをつのらせていくのだ。

 このふたりの立場から浮かび上がってくる願望、閉塞感、喪失感などのもろもろの感情は、現代の日本を生きる人間が多かれ少なかれ共有しているものだろう。 この映画では、そんな彼らの立場が見えてくることによって、ドラマに恋愛映画としての魅力が際立ちはじめる。恋愛映画のひとつの本質は、 すぐそばにいるように見えながら、誰からもどこからも遠く隔てられている個人と個人の関係を描きだしていくことであり、 このドラマはまさにそういう方向へと突き進んでいくからだ。

 ハルとミチは、お互いに相手が知らないうちに花粉症の新薬のモニターになっている。彼らが薬を飲むのは同じことだが、その効果に期待しているもの、 つまり、それぞれの胸のうちに秘めている感情はまったく違う。

 ハルは消えるためにそれを飲む。花粉が激しく舞う世界のなかで、マスクも付けずにそこにいる彼は、もはや周囲から個人とは見られず、 消えた存在であり、そのことに対してある種の解放感を感じている。しかしもちろん彼が完全に消えてしまうわけではない。結局彼は、 佐竹の誘いで三人組の窃盗犯の仲間になるしかなくなる。彼らはかつてハルに「消えろ」と言ったが、彼らの前から消えるということは、 皮肉にもその集団に帰属することだったということになる。

 一方ミチが薬を飲むのは、地図から消えてしまった自分の居場所を見つけだし、外部と自分の存在を取り戻すためだ。 そんな彼女の運命もまたハルと同じく集団と個人の関係を通して語られる。自己の生(性)の可能性を限定した彼女には、 実際に彼女が存在する場所が見えてくるが、それとともに彼女の前に現れるのは、サッカーのサポーターやファシストの集団だ。 彼らは、いわば外部に対して彼女の願望とは逆方向の力で結束する集団であり、それゆえに彼女は翻弄され、絶望を味わう。 ハルはそんな彼女を救おうとするが、彼らは新薬のケースと同じ黄色が象徴的な扉で隔てられ、別れ別れになる。

 この黄色い扉を含めて、これまで彼らを隔ててきた境界は、この映画の終盤のドラマで、郵便局のカウンターに集約される。 そして、越えることのできない境界をめぐって変化してきた彼らの関係を踏まえてみるなら、そのドラマは非常に興味深く思えることだろう。

 覆面の二人組が郵便局を襲撃する。騒ぎに気づいたミチは、窓口の目隠しを開き、そこに顔を入れようとした覆面男を力まかせにカウンターのなかに引きずり込み、覆面を剥がす。 それぞれの姿勢で個人であろうとしてきたために遠く隔てられたハルとミチは、ここでその境界を越えることになる。 ミチは、彼女にとっての異国からハルが現れることで外部の呪縛を解かれ、同時に、 消えているハルをそのまま受け入れてしまうことによって、彼の呪縛もまた意味を失う。

 そして、彼らが外部も内部もなくただそこにあることに、時代を越える愛のかたちが見えてくるのである。



とこんなふうに書いてある。。

内部と外部確かに、感じることはできたような気がするけれど・・・。

最後の終わり方はあれでよかったのかは気になる。。

解決は結局していないという形を考えていいんだよな・・・。


だって、ミチ(唯野未歩子)の方は、少し晴れやかな顔をしていたような気がするけど、

ハル(武田真治)の方はあんまりな感じだった。。

しかも、事件が起きてから終わるまでの数カットは本当に時間が短いし、ここらへんをもうちょっとじっくり見てみたかったような気がする。